蹴飛ばされて 転がってく 空き缶とかわらない毎日

the pillows論考

the pillowsを語る場というのはたいてい新参と古参で喧嘩になるというのが相場だけど、原因はハッキリしている。1期、2期、3期、3期後半、レーベル移籍2回と音楽性の変化とともにファンの切捨てを行ってきたからだ。ある人は「フリクリ厨のせいでおかしくなった」とか「エイベックスに移籍してから糞になった」とかわかりやすい理由を求めたがるが、そのほとんどが的外れなものであり、文句を言う人間の多くは単純にthe pillowsの音楽性の変化についていけないだけだ。それなら聴くのをやめたり、興味を失くしたりすればいいじゃないかと他人は言うかもしれないがそれが簡単なことじゃないことは、ある時代に、あるタイミングでthe pillowsに心奪われた人間なら誰にでも想像がつく。この曲は自分のためにあるんじゃないのか?と聴いている人間に錯覚を起こさせるような曲がいくつもあった。「自分勝手で大人気なくて気分しだいで迷ってばかり タチが悪いのはそんな時も間違ったことを認めない」「生まれたままの色じゃもうダメだって気づいても逆立ちしたって変わらない」そんなthe pillowsが時を経て変わっていくのを受け入れられないのだ。いつのまにか疎遠になったアーティストなんていくらでもいるだろう、しかしなぜthe pillowsがそのように扱われないのかと言えば、音楽的にずば抜けて優れていたわけではなくても、彼らにとってthe pillowsとその楽曲たちはあまりにも“特別”すぎたからだ。